永遠の名作「銀河鉄道999」について(勝手に)語るブログです。主に劇場版について(好き勝手に)触れています。
2025/07/04 (Fri)
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2012/10/31 (Wed)
分冊999の2
※(鳥坂先輩=神谷明さんの声で)トライXで万全! 逆光は勝利! 今回も声優ネタが続出するぞ、心して読むやうに!
ディアゴスティーニの分冊999ですが、ようやく創刊号のDVDを観ました。33年ぶりのテレビ版です。ディスクをセットする手が震えたような。一人静かに再生されるのを待ちます。オープニングは何度か観たので、普通にしていられました。いよいよ物語が始まる。さあ、メガロポリスが登場。次に雪の中、星野親子が……。
白状しますと、まったく覚えていませんでした。星野加奈江(鉄郎の母)が撃たれる場面も、映画版と原作の記憶しかありません。10歳の鉄郎にしても、「こんな顔だっけ?」と初対面のような感覚です。退屈しのぎに999の機関車を見に行くことになり、子供のように(子供ですが)はしゃぐ鉄郎には強い違和感がありました。
しかし、何よりも驚いたのはメーテルです。劇場版では、かなり、大幅に変わっているのですね。特に目です。テレビ版のメーテルは「隣のお姉さん」で、劇場版は「学校一番の美人で、決して近寄れない憧れ」というところでしょうか。さらに、謎めいて神秘的な雰囲気が劇場版では追加されています。
30年位前の座談(石丸博也さん、滝沢久美子さん、麻上洋子さん、塩屋翼さん)で、麻上さんが999のアフレコについて触れていました。
「999は99%の絵がありました。アフレコに間に合わせようと、スタッフの方々が大変な努力をされたようです」
それに対し、塩屋さんは
「ガッチャマンは99%の絵が……無かった(笑)」
ここで、この会話の背景を(ご存知かもしれませんが)ご説明します。
いわゆる声優がキャラクターのセリフを喋り、それを録音するわけです。基本は実際のアニメーションの動きに合わせて演技するのですが、そうです、これは原則です。今はわかりませんが、かつてのアニメーションは作画が間に合わず、声優は映像無しで、合図等だけでアフレコに臨むこともありました。それでもきちんと合わせるのですから、まさに神業です。
これらは製作側の怠惰ではありません。作画作業がはてしなく重労働だからです。かなり乱暴な言い方ですが、アニメはパラパラ・マンガの要領です。そのためには、大量のセル画が必要です。私は詳細を知りませんが、基本的にセルに色を塗る作業は手でやっていたようです。テレビアニメ1本で、平均4000枚のセルを使うのでしたっけ? 手元にはありませんが、藤井青銅さんの「愛と青春のサンバイマン」という小説の中で、放送予定のセル画が盗まれ、残った1000枚で無理矢理放映する話があります。
また、かつての知人はアニメーターでしたが、連日につぐ徹夜で倒れ、数日間も意識が戻らなかったそうです。先の塩屋さんの言葉もあります。
「タツノコプロ(ガッチャマンやタイムボカンシリーズで有名)のスタッフと野球の試合をしたんですよ。会社の隣にプレハブができてて、これ何ですかってきいたら、徹夜が続くから仮眠用に作ったって」
またまた話が逸れますが、「パタリロ!」(後の「ぼくパタリロ!」)の主人公をアテた白石冬美さんは、原作者・魔夜峰央さんとの対談で面白いことを言っています。アドリブはしないんですか、という魔夜さんの問いに
「(パタリロ!製作の)スタッフは、かつて銀河鉄道999を作った方々なんです。アドリブなんて、できません」
999が火星に降り立つ話で、ゼロニモとフィーメという男女が出てきます。フィーメは杉山桂寿子さんだとすぐわかったのですが、はてゼロニモは? エンディングのスタッフロールで井上和彦さんと判明。ははぁ、サイボーグ009(昭和のカラー版)の003=フランソワと009=島村ジョーではないか。酒場のオヤジは槐柳二さん(劇場版でヘヴィーメルダーの酒場のオヤジ)。渋いですねぇ。
最後に声優ネタをもう一つ。
テレビ版第1話「旅立ちのバラード」で、メーテルと鉄郎が高級ホテルのようなところにいる場面。劇場版にも出てきますね。メーテルがシャワーを浴びる。「話し声が聞こえる」という名目で鉄郎ちゃんは浴室を覗くという、うらやましい、じゃなかった、とんでもないことの後に、警察がやってきます。その警察官、よく聞くと肝付兼太さん=車掌さんです。
脇役キャラの声優が、他のキャラをアテるのはよくあることです。ただ、当時、一部のファンはこう思ったそうです。
「肝付さんがザコキャラをやるわけがない。きっと第2話以降にレギュラーで登場するな」
お後がよろしいようで。
ディアゴスティーニの分冊999ですが、ようやく創刊号のDVDを観ました。33年ぶりのテレビ版です。ディスクをセットする手が震えたような。一人静かに再生されるのを待ちます。オープニングは何度か観たので、普通にしていられました。いよいよ物語が始まる。さあ、メガロポリスが登場。次に雪の中、星野親子が……。
白状しますと、まったく覚えていませんでした。星野加奈江(鉄郎の母)が撃たれる場面も、映画版と原作の記憶しかありません。10歳の鉄郎にしても、「こんな顔だっけ?」と初対面のような感覚です。退屈しのぎに999の機関車を見に行くことになり、子供のように(子供ですが)はしゃぐ鉄郎には強い違和感がありました。
しかし、何よりも驚いたのはメーテルです。劇場版では、かなり、大幅に変わっているのですね。特に目です。テレビ版のメーテルは「隣のお姉さん」で、劇場版は「学校一番の美人で、決して近寄れない憧れ」というところでしょうか。さらに、謎めいて神秘的な雰囲気が劇場版では追加されています。
30年位前の座談(石丸博也さん、滝沢久美子さん、麻上洋子さん、塩屋翼さん)で、麻上さんが999のアフレコについて触れていました。
「999は99%の絵がありました。アフレコに間に合わせようと、スタッフの方々が大変な努力をされたようです」
それに対し、塩屋さんは
「ガッチャマンは99%の絵が……無かった(笑)」
ここで、この会話の背景を(ご存知かもしれませんが)ご説明します。
いわゆる声優がキャラクターのセリフを喋り、それを録音するわけです。基本は実際のアニメーションの動きに合わせて演技するのですが、そうです、これは原則です。今はわかりませんが、かつてのアニメーションは作画が間に合わず、声優は映像無しで、合図等だけでアフレコに臨むこともありました。それでもきちんと合わせるのですから、まさに神業です。
これらは製作側の怠惰ではありません。作画作業がはてしなく重労働だからです。かなり乱暴な言い方ですが、アニメはパラパラ・マンガの要領です。そのためには、大量のセル画が必要です。私は詳細を知りませんが、基本的にセルに色を塗る作業は手でやっていたようです。テレビアニメ1本で、平均4000枚のセルを使うのでしたっけ? 手元にはありませんが、藤井青銅さんの「愛と青春のサンバイマン」という小説の中で、放送予定のセル画が盗まれ、残った1000枚で無理矢理放映する話があります。
また、かつての知人はアニメーターでしたが、連日につぐ徹夜で倒れ、数日間も意識が戻らなかったそうです。先の塩屋さんの言葉もあります。
「タツノコプロ(ガッチャマンやタイムボカンシリーズで有名)のスタッフと野球の試合をしたんですよ。会社の隣にプレハブができてて、これ何ですかってきいたら、徹夜が続くから仮眠用に作ったって」
またまた話が逸れますが、「パタリロ!」(後の「ぼくパタリロ!」)の主人公をアテた白石冬美さんは、原作者・魔夜峰央さんとの対談で面白いことを言っています。アドリブはしないんですか、という魔夜さんの問いに
「(パタリロ!製作の)スタッフは、かつて銀河鉄道999を作った方々なんです。アドリブなんて、できません」
999が火星に降り立つ話で、ゼロニモとフィーメという男女が出てきます。フィーメは杉山桂寿子さんだとすぐわかったのですが、はてゼロニモは? エンディングのスタッフロールで井上和彦さんと判明。ははぁ、サイボーグ009(昭和のカラー版)の003=フランソワと009=島村ジョーではないか。酒場のオヤジは槐柳二さん(劇場版でヘヴィーメルダーの酒場のオヤジ)。渋いですねぇ。
最後に声優ネタをもう一つ。
テレビ版第1話「旅立ちのバラード」で、メーテルと鉄郎が高級ホテルのようなところにいる場面。劇場版にも出てきますね。メーテルがシャワーを浴びる。「話し声が聞こえる」という名目で鉄郎ちゃんは浴室を覗くという、うらやましい、じゃなかった、とんでもないことの後に、警察がやってきます。その警察官、よく聞くと肝付兼太さん=車掌さんです。
脇役キャラの声優が、他のキャラをアテるのはよくあることです。ただ、当時、一部のファンはこう思ったそうです。
「肝付さんがザコキャラをやるわけがない。きっと第2話以降にレギュラーで登場するな」
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「斜光不安」というサイトで「世界三大七不思議」というブログをやっています。当ブログは、そこから「999」関連が独立したものです。
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